【2018 南仏X’s mas】モンペリエ市街

 地元モンペリエは、フランス屈指の歴史を誇るモンペリエ大学をはじめとした学園都市です。とりわけ医学部は“ヨーロッパ最古の医学部”といわれ、薬草を育てる目的から作られた古い植物園も現存し、現在も市民の憩いの場として存在しています。今回は冬でとくに楽しくなさそうなので植物園は行きませんでしたが。ちなみに卒業生にはノストラダムスなどがいます。

そんな学生さんが多いモンペリエは、全体的に若々しい印象があり、おしゃれな人も多いです。

 私は30歳を過ぎた頃、ずっと我慢していたフランス留学をしたい!と思いが爆発し、突然会社を辞めて向かったのが、ここモンペリエです。だから私にとって第二の青春の地でもあります。

大学時代はニースにしばらく語学留学しましたが、その頃からパリより南フランスが好きでした。

過去のモンペリエについて 

モンペリエの凱旋門

 いよいよモンペリエの中心、コメディ広場から観光開始なのですが…。

まず車を停めたショッピングモール、ポリゴンから出られないという事態からスタートしました。

理由は“黄色いベスト”。黄色いベストの集団が攻めて来るので、館の出入り口全てを封鎖したそうです。来るなり物騒です…。

しばらく待つと一箇所のみ出口を開放してくれたのでやっと外に出られましたが、目の前のコメディ広場に出るまでにかなり遠回りをさせられ、やっと広場に出られました。

なんなんだ…と私はむっつりしていましたが、ふと脇へ目をやると、両親は目の前に広がる街の光景に興奮していました。その表情を見た瞬間、私も一瞬で喜びでいっぱいになりました。今回の旅程は山手の祖母の家から始まったので、父はまだフランスの大きな街を見ていなかったのです。山ばかりだったから、割と大都市なモンペリエに興奮するのは当然ですね。

モンペリエの中心、コメディ広場

 モンペリエにも当然大聖堂があります。

私は一人暮らしの頃は、毎日一人でこの教会に来ていました。涼しくて、静かだから。

街中にある寮はうるさく、勉強やコミュニケーションに行き詰まり「あ~もうフランス語聞きたくない!」という気持ちの時なんか特に、頭を休められる唯一の静寂だったのです。

 カフェで休憩していたら、突然カフェのお兄さんが走ってきて言いました。

「早く逃げて!!」え…。まさか…。と思いましたが、やはり黄色いベストの影響でした。

騒ぎになる前。ここからまだまだ増えていく黄色いベストの人々。

黄色いベストの集団が目の前まで来て騒ぎになっているとのこと。外を見てみると、催涙ガスをまかれ、無関係の通行人が口をふさいで走って逃げていました。

「早く逃げて!」と言われたことがないので、頭の中は真っ白に。私と母がとっさに思ったのが、逃げる前にお手洗いに行かねば!ということでした。父と主人は「今?!」とイラーッとしていましたが…。

人生最大限に急いでお手洗いを済ませ、急いで逃げました。かなり遠くまで逃げても、臭くて目に染みました。催涙ガスは風でどこまでも追ってくるんですね。

 でも。折角のクリスマス。街行く人は、帰る気はさらさらなさそうなご様子!自分たちの自由は邪魔させない!というのが当たり前なのか、騒ぎから離れたエリアで普通に楽しくお買い物を続けています。

だから私達も結局帰宅はせず、場所を変えて改めて楽しみました。ただそう簡単には気持ちを切り替えることができませんでしたが。

 夕暮れ時、街中のライトアップが最高に美しい時間帯になりました。

おとぎの国のようです。

コメディ広場には常に大道芸人さんやダンサーなどさまざまなアーティストが居ますが、この日もあちらでは歌うたいのおじさんが音色を奏で、こちらではピエロが子供たちを楽しませている。雑踏の中に、ささやかなエンターテイメントがいくつもありました。

 でもその横では、またしても黄色いベストの集団が騒いでいました。散々騒いでおきながら、さっとベストを脱いで隠し、一般人のふりをして蜘蛛の子を散らすように去っていきます。

そこがとてもかっこ悪いと思いました。本当に主張があってやるのならば、正々堂々とやればいい。なのになぜコソコソ逃げ隠れするのか。正義を盾にただ集団で迷惑行為で騒ぎ、悦に入っているだけのように見えてなりませんでした。

フランスは自由の国。デモをやる自由。自由の形は人それぞれ。他人の自由の尊重。ですが同時に、自由の意味を履き違えてはいけないと、この難しいテーマに対して考えさせられる良い機会となりました。

 おとぎの国のようなクリスマス。黄色いベストの騒ぎ。相反するもので混沌とした、それでもやはり美しい、不思議な1日となりました。